【書籍】木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

2014年07月31日
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増田俊也著 「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」

あらすじ

昭和29年12月22日。プロ柔道からプロレスに転じた木村政彦が、当時、人気絶頂の力道山と「実力日本一を争う」という名目で開催された「昭和の巌流島決戦」。試合は「引き分けにする」ことが事前に決められていたものの、木村が一方的に叩き潰され、KOされてしまう。まだ2局しかなかったとはいえ、共に生放送していたテレビの視聴率は100%。まさに、全国民注視の中で、無残な姿を晒してしまった木村、時に37歳。75歳まで生きた彼の、人生の折り返し点で起きた屈辱の出来事だった。柔道の現役時代、木村は柔道を殺し合いのための武道ととらえ、試合の前夜には必ず短刀の切っ先を腹部にあて、切腹の練習をして試合に臨んだ。負ければ腹を切る、その覚悟こそが木村を常勝たらしめたのである。約束を破った力道山を許すことができなかった木村は、かつて切腹の練習の際に使っていた短刀を手に、力道山を殺そうと付けねらう。しかし、現実にはそうはならなかった……その深層は? 戦後スポーツ史上、最大の謎とされる「巌流島決戦」を軸に、希代の最強柔道家・木村政彦の人生を詳細に描く、大河巨編!!

感想

2段組700ページに及ぶボリュームから読むのをためらっていたのですが、岩釣兼生(木村政彦の愛弟子)の全日本プロレス入りが幻に終わったジャイアント馬場とのやり取りから始まるプロローグで完全に物語に引き込まれてしまいました。新聞記者出身の作者が、18年の取材執筆を元に書かれているだけあって内容がかなり濃い!格闘技好きな方は必読といえる書です。

前半は木村がどれだけ強かったかを幼少期から追っていきます。師であり木村が最も恐れる牛島辰熊が英才教育を施し、木村自らも「三倍努力」を掲げ、一日9時間以上の人間離れした稽古を行います。この稽古は「話盛ってるだろ!」と突っ込みたくなるほど壮絶です。その結果、栄光の天覧試合を制し、15年間無敗という日本一の柔道家となります。その頃の強さを柔道や総合格闘技のトップ選手達が実名で語っており真実味を持たせています。

一方、力道山は権力や金の匂いを敏感に感じ取り、裏の世界の有力者にうまく取り行っていきます。持ち前のビジネス感覚を駆使してプロレス界のトップに登っていく様子はまさに虚像として描かれています。

虚像である力道山の極悪非道っぷりと圧倒的な強さを誇る木村の描写が、力道山の裏切りによりノックアウト負けするという悲劇にインパクトを与えています。

この本の面白さはメインストーリーである木村政彦と力道山との関係だけではありません。木村政彦の生涯を追いながら、戦前まで武道であった柔道が戦後どうなったのか。柔道(柔術)はどういう背景で海外で発展していったのか。プロレス、総合格闘技の起こり、全ての歴史が書かれています。まさに歴史書です。

木村は力道山に悲惨な敗北した後、世間からバッシングを受け、再戦の夢も叶わず胸に苦しみを抱えて生きていきます。

そんな木村がこの世を去った7ヶ月後、アメリカで第一回UFCが開かれ、実戦ではどの格闘技が一番強いのかという格闘技ファンの永遠の命題が解き明かされました。ボクサー、空手家などを次々と破り優勝したのはグレイシー柔術という当時マイナー格闘技を身につけたホイス・グレーシーでした。

試合後、グレイシー一族は「マサヒコ・キムラは我々にとって特別な存在です」と発言し木村は世界中から注目されます。力道山との一戦で傷ついた名誉を少しは回復できたのに、その前にこの世を去るとは皮肉なものです。

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