【書籍】ネットが生んだ文化―誰もが表現者の時代

2014年12月09日
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「角川インターネット講座15巻」の第4巻です。株式会社KADOKAWA・DWANGO会長の川上量生氏監修ということで読みました。

日本のインターネットにおける歴史を文化的側面から考察しています。インターネット初期からのネットカルチャー史を追う考察もあり、「あめぞう掲示板」などの懐かしいものや、「キョロ充」などネット独特の言葉などがたくさん文中に出てきますが、専門的な用語、組織名、製品名、サービス名、人名については脚注が付いており読みやすいです。

この本の執筆者は監修の川上量生氏を含めて8人です。監修の川上量生氏は序章に登場します。「非リア」「炎上」「嫌儲」「コピー」の4つのキーワードでネットの精神風土を解説。個人的には序章が一番面白く、まだまだ川上氏の話が読みたい感じです。続いて面白かったのは小野ほりでい氏が書いた第2部第3章ですかね。

執筆者8人の文中から印象的な文章をまとめておきます。気になる文があったら一度読んでみてください。

ネットがつくった文化圏 ― 川上量生
どんなにネットに現実世界が流れ込んでも、リア充勢力が多数派になっても、ネット原住民の影響力が低下することはない。なぜなら、彼らは暇だからだ。会社員が仕事をしている間も、リア充がデートしている間も、彼らはありあまる時間をもつがゆえに、ずっとネットにへばりついていることができる。

日本のネットカルチャー史 ― ばるぼら
ツイッターに「行った」と書くことを想像してイベントに行くこともあるだろうし、フェイスブックにアップロードする可能性を見越して食事の写真を撮ることもあるだろう。実際に書くかどうか、アップするかしないかは問題ではなく、その可能性が自然と頭に染み付いている環境がある。

ネットの言論空間形成 ― 佐々木俊尚
2ちゃんねるのような荒れて見える場所であっても、やはりインターネットの原理が動いていることには変わらないということだ。ネットでは良質な情報を収集するためには母集団がある程度大きくなることが必要であって、最初からノイズを排除して母集団を小さくしようとすると、結果的に情報全体の質が低下してしまう。ノイズを排除してはならないのだ。

リア充対非リアの不毛な戦い ― 小野ほりでい
これから様々な場面で、全ての人間が自分に配慮するように求める人を目撃することになるだろうが、そういう人は恐らく一度も誰かに配慮しようと思ったことすらないと考えて良い。なぜなら、一度でも全ての人間に配慮しようと試みたことがある人なら、それが不可能だと知っているはずだからである。

炎上の構造 ― 荻上チキ
炎上は、それが集合行動であるために、個人の責任が匿名化され、加害意識や参加意識も希釈される。炎上された側は、数万人によるスクラムを受けたと認識するが、炎上させた側は、数十文字から数百字程度の「反応」を示したに過ぎないと捉える。

祭りと血祭り ー 伊藤昌亮
炎上という現象には、それが祭り型のものであれ血祭り型のものであれ、その原点に、人々がそこで社会性のありかを確かめ合い、そこから自らの手で社会を創り出そうとするというモチベーションが深く埋め込まれている。

日本文化にみるコピペのルール ― 山田奨治
そのコミュニティでの共通理解が何であるのか、コピペに対してどのくらい寛容なのか、といったことの見極めが、ネットでの情報発信者には求められる。

リア充/非リア充の構造 ― 仲正昌樹
この世界で「身体」をもって生きていれば、不可避的にいろいろなことで傷つく。自らの「身体」の傷つきやすさとどう折り合いをつけるか学習しながら、人はアイデンティティを獲得するわけである。しかし、すぐに匿名性に逃げ込む「公衆」は、その機会を自ら放棄している。

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