今年読んだ本の中で1番面白かった。
内容紹介
類い稀な才能を持ち、太子となる宿命を負って生まれた皇子の理想と苦悩―仏教学者として傑出した見識と、純粋な理想を胸に秘めながら、不安定な政治の世界に翻弄された激動の生涯。
聖徳太子: 世間は虚仮にして
学生時代の歴史の授業でお馴染みの聖徳太子。聖徳太子という呼称は生前にはなく没後の呼称です。本の中では上宮王(かみつみやのみこ)とされています。
上宮王は橘大兄(父)や間人皇女(母)とは離れ、幼少の頃から1人で宮に住み、漢籍や経典を読みふける生活をしています。本人はそのまま仏教の教えを会得する生活を静かに送りたかったようですが、立場上そういうわけにもいかず、皇位継承の争いに常に悩まされながら、推古天皇の摂政として国政を代行していきます。
排仏派の物部守屋を破ったことで独裁体制を築いた崇仏派の蘇我馬子率いる蘇我一族が武力によって国を支配しようと画策する中、上宮王は武力だけに頼らない国を支える制度を作らねばならないと冠位十二階の制定、十七条憲法の作成、遣隋使の派遣、天皇記、国記の編纂を行い蘇我氏権力を否定します。上宮王は自らも蘇我の血を引き、蘇我馬子の娘を妃としているだけに馬子との溝はとても複雑な状況を生んでいきます。
このことは上宮王が死んで二十年後に蘇我入鹿の襲撃により上宮大家は滅ぼされる悲劇へとつながっていくわけです。その二年後に大化の改新により蘇我入鹿は中大兄皇子と中臣鎌足に暗殺されてしまいますね。
この時代の歴史がエピソード盛り沢山で語られる内容は登場人物が生き生きと描かれ、歴史の教科書では到底感じることのできない奥深さを知ることができます。
仏教や天皇の説明が分かりやすい
高校生の頃に「維摩経」を読んだという著者ならではでしょうが、上宮王によって語られる仏教や天皇の説明はとして詳しく分かりやすい。この点もこの本の面白さです。
例えば、上宮王が舎人の鞍作鳥が木を彫っている様子を眺めながら語るシーン。
「仏陀とは、人から獣や虫に生まれ変わったり、時には地獄の業苦にさたされる、輪廻転生と呼ばれる生まれ変わりの無限のつながりを断ち、宇宙と一体となった存在のことをいう。宇宙と一体となった自分を感じることを悟りの境地と呼び、涅槃という梵語を用いる。もとの意味は煩悩の火を吹き消すというようなものだ。涅槃は菩提と呼ばれることもあり、菩薩を求める修行僧が菩提薩埵、略して菩薩だ。伝説で語られる文殊菩薩、普賢菩薩、観音菩薩、弥勒菩薩など、菩薩は数多く存在するのだが、われら衆生もまた仏教に帰依すれば、菩薩を求める者すなわり菩薩なのだ・・・。」
うーん。分かりやすい。
また、天皇については
「この敷島とも秋津島とも呼ばれる国土に、昔は国と言えるほどのものはなかった。ただ各地に豪族がおって争っていただけだ。豪族は土地をめぐって果てもなく争いを続ける。それでは世は治まらぬ。長く争えば倦み疲れるがゆえに、豪族たちは連携して小国を築き、やがては小国が結びついて大国を築いた。だが豪族の中から王を選ぶということになれば争いが生じる。そこで神祇に携わる神官を大王としたのだ。これはただの神官であって、武力によって小国を制圧した覇者ではない。すべての豪族が畏れ敬うことのできる神の依代となる存在でなければならぬ。大王は武力をもたぬ。武力をもった群臣たちに支えられた、神輿の上の飾り物のようなものでなければならぬ。これがわが国の伝統なのだ」
なるほど。豪族たちが畏れ敬うためには、太陽の神天照大神の皇孫という立場が必要だったわけですね。
これは一部のご紹介です。なぜ大仏が作られたのかなど、本ではさらに奥深い内容が語られています。日本史が好きな方にとってはかなり楽しめると思いますのでおすすめです。
三田誠広さんの本を初めて読みましたが、お気に入りの作家さんになりました。今後、他の著書も読めるのが楽しみでしょうがない。